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思考の整理箱

何かしらの経験を得たうえで考えたことをツラツラと書いています。とても理屈っぽいです。言うことが二転三転することがあるかもしれませんがご容赦ください。

プレゼンテーション能力というか人に伝える能力の重要性

さて、今日は何を書こうか。

 

 ここ数年、プレゼンテーション能力というのが非常に重要だということを感じることがある。ここでいうプレゼンテーション能力というのは『自分が好きなものを伝える能力』のことである。さらに条件を限定するならば『自分が好きなものに興味を持ってくれた人に自分が好きなものがどれだけ面白いかを伝える能力』ということになる。

この能力を持っている人は意外に少ないように感じる。折角、相手が自分の好きなものに興味を持ってくれているのに、その好きなものの面白さを伝えられないというのはもったいないのではないだろうか。

僕は今までいろんなことに興味・関心を持ってきた。たぶん、僕はあらゆるものに対する好奇心は人一倍強いと思う。だからこそ、他人が「コレ面白いよ。」「コレいいよ。」といったものにはできる限り知りたいと思う。

しかし、その「コレ面白いよ。」「コレいいよ。」といった張本人のプレゼンテーション能力がイマイチだとそのあと自分で調べようとはあまり思わない。と言ってもそのあとできる限り自分で調べるのだが。だが、そこまで好奇心がない人からするとその最初のプレゼンがイマイチだと折角、興味を持ったのにその場だけでそのことに対する興味が終わってしまうこともあるのではないだろうか。これは本当にもったいない。

よく、お笑いファンやロックバンドのファンなんかにも多いのだが、「知らないならいいよ。」「ニワカは入ってくんな。」ということを言う人がいる。しかし、そういうのはどこか切ないし、面白くない。僕はできる限り多くの人といろんなものをいろんな形で共有したいと思っているからよりそう思う。

 

では、そのプレゼンテーション能力がある人とはどんな人だろうか。

一つは人間的魅力がある人である。人間的魅力というのはそのことについて圧倒的に知識を持っていたり、経験が豊富だったりする人である。話し方自体はそんなに上手いわけではないが、人間的魅力があるがゆえに聞き入ってしまう。好きなミュージシャンのライブでのトークなんかは完全にコッチであることが多い。好きだから聞き入ってしまう。それも大切なことである。

もう一つはおしゃべりの技術がある人である。

ではそのおしゃべりの技術がある人はいったいどのようにその技術を身に着けているのだろうか。僕自身の経験から書かせてもらう。

まず、その技術を身に着けるうえでもっとも重要なことは「本当に自分が好きなものを惜しみもなく人に伝えようとする」というある種の『熱量』を持つことである。本当に「相手に知ってもらいたい。」「相手と共有したい。」ということを前面に押し出したうえで、自分に酔いしれるかの如く語ることである。

そして、とにかくいろんな人に語って語って語りまくる。最低でも三人には語るといいだろう。その三人は仲間内で結構である。その時に、大切なのはどの話はウケて、どの話はイマイチかをしっかりと整理しておくことだ。ここでいうウケるというのは笑いをとるというのもそうだが、相手が興味を示すということでもある。

そうやって整理したうえで自分が持っている話の展開方法を決めるのである。展開というのはどの話を最初にして、どの話をどの話のついでにするか等である。そういうことを人に話す前と後に考えていれば自然とおしゃべりの技術は上がると思う。確かに多少の努力は必要かもしれないが、本当に人に伝えたければこんな作業は苦ではない。

そうやって周りにいる人にどんどん影響を与えていくほど面白いことはない。そして、その人たちと自分の好きなことを共有する時間もまた何よりも面白いのである。

 

さぁ、

今度はどんな面白い話が聞けるだろうか?