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思考の整理箱

何かしらの経験を得たうえで考えたことをツラツラと書いています。とても理屈っぽいです。言うことが二転三転することがあるかもしれませんがご容赦ください。

生き急いでなんかいない!!

 本日は,少し前にとある先輩方と御飯に行かせてもらった時に言われたことに対する反論と解説をしてみたいと思います。
 その先輩に「君は,生き急いでいる。忙しすぎんねん。もう少し,ゆっくりせなあかんで。」と言われました。なるほど。確かに俯瞰的に自分のこの半年間を見直してみますと「生き急いでる感」はあるかもしれません。しかし,私としては実は全然そんなことがないというのもまた事実なのです。なぜでしょうか。

第一の理由「恩返し」

 まず第一に僕は「生き急い」でなんかいません。その時,「やったらおもしろいな。」と思ったことをやっているだけです。なので,本人としては「生き急いでいる」というよりも色んな依頼を「引き受けている」だけです。その依頼に僕の出来る範囲ではありますが,尽力しているといったところでしょうか。では,なぜこれらの(他人からみたら多すぎる)依頼を引き受けているかと申しますと,それは依頼者への「恩返し」です。現在,僕に依頼をしてくる人はいつもお世話になっている方や以前にお世話になった方からですので,「いつもお世話になっていますので」とか「あの時お世話になりましたので,ぜひご協力させていただきます。」となるのです。さらに言わせていただきますと,僕は基本的に「僕には依頼は来ない。」といつも思っています。なので,僕に依頼をいただくと「こんな僕に依頼をしていただいてありがとうございます。僕のできる範囲ではありますが,ご協力させていただきます。」となります。つまり,依頼を受けた時点でもうすでにそこには恩が発生しています。ということはもうすでに,お気づきかもしれませんが原則として私は依頼を断りません。全部引き受けます。それがもしかしたら先輩の目には「生き急いでいる」ように見えているのかもしれません。

第二の理由「アンテナの拡大」

 第二に僕は基本的には「経験至上主義」者であるということです。「とにかく,なんでもやってみよう!」というのが僕の基本的なスタンスですので,何もやらずして色々と言うのはあんまり好きではないのです。だからといって,決して思考をしないかと申しますと,このブログを読んでおられる方にはわかると思いますが,結構,思考しています。そそうです。「経験をした後」に色々言うのです。めちゃくちゃ思考をするのです。その時の問いはいつも「この経験は自分の人生においてどのような意味があるのか。」です。自分なりにその経験を「意味づけ」をするのです。究極的なことを申しますと,この「意味づけ」を出来なかった経験は僕からすると経験していないに等しいのです。これがどう「生き急いでいる」ことと関係するかと申しますと,「意味付け」出来るものを増やすためにまずは,経験を増やす。そして,経験を増やすためには自分のアンテナだけを頼りにしていても引っかかるものは少ないですから,他人のアンテナも大いに活用する。その活用の仕方に「依頼を出来る限り引き受ける」というのがあるというわけです。理解していただけたでしょうか。

第三の理由「体力」

 第三にまだ僕には「体力」が無茶苦茶あるということです。僕はまだ19歳ですし,体もなんとかここまで丈夫に成長しました。そんなわけで「体力」だけの自信というと少し言い過ぎですが,「体力」があると言えばある。それを活かさない手はないでしょう。なので,とりあえず依頼はすべて引き受けるのです。「もう限界!!」となってきたら,その時はもうゆっくるします。ですが,今のところ大丈夫ですので,まだまだ勢力的にいきたいと思います。


以上がとある先輩に言われた「生き急いでいる」という発言に対する敬意を込めた「反論」と「解説」です。